「過払い金」破産詐欺事件

登記官
抵当
証券

主文

原判決を破棄する。
被告人を懲役三年六月に処する。
原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人後藤貞人、同丹治初彦、同浦井勲、同松本剛共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官前川昭二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意第一点刑事訴訟法三七八条三号の主張について
論旨は、要するに、原判決は、「1」昭和六〇年一月一六日正午ころから翌一七日午前零時過ぎころまでの間、A1株式会社事務所において、昭和五九年一〇月一日以降の売掛帳四冊、買掛帳一冊を書き換えて同事務所に備え付け、「2」昭和六〇年一月一八日ころ、右事務所から書換え前の売掛帳、買掛帳及び昭和五九年一〇月一日以降の振替伝票全部を持ち出してaのB方押入れ内に隠匿したという、公訴事実に対し、「1」の点については何らの判断を示しておらず、「2」についても原判示第三の五において、訴因変更の手続きを経ることなく、「昭和六〇年一月一八日午後一一時ころ、売掛帳等を原判示b町所在『A2』からB方に運び込んだ上、同所奥六畳間押入れ内に隠匿した」と認定し、訴因外の事実を認定しているから、原判決には刑事訴訟法三七八条三号に当たる事由がある、というのである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討するに、この点に関する公訴事実は、要するに、「1」昭和六〇年一月一六日正午から翌一七日午前零時過ぎころまでの間、A1事務所において、従業員Cら数名をして、それまでに同所に備え付け使用中のいずれも商品名・単価・数量等の記載のある同五九年一〇月一日以降の売掛帳四冊、買掛帳一冊を商品名・単価・数量等を記載しない売掛帳、買掛帳に書き換えさせて、これを同事務所に備え付けるとともに、「2」同六〇年一月一八日ころ、同事務所から右書換え前の売掛帳四冊、買掛帳一冊及び同五九年一〇月一日以降の振替伝票全部を持ち出し、これを原判示B方奥六畳間押入れ内に隠匿し、もって同会社の商業帳簿を隠匿した、というのである。
これに対し、原判決は、罪となるべき事実として、原判示第三の五の事実を認定しているところ、これによれば所論指摘のように「1」の点についての認定はなく、また、右「2」については、公訴事実とは一部異なり、昭和六〇年一月一八日午後八時ころ、A1事務所に備え付け使用中のものを、「A2」に持ち込み、同日午後一一時ころ、右B方に運び込んだ上、同所奥六畳間押入れ内に隠匿したとの事実を認定している。
しかし、右「1」と「2」の所為は態様等は異なるものの、いずれも債務者であるA1の商業帳簿に関し、本来の記載を隠ぺいするためにした一連の不正行為であって、他の財産隠匿の所為との関係は別としても、包括して破産法三七四条違反の一罪を構成するものとして起訴され、原判決も同様の判断をしていると認められるから、原判決がそのうち「1」を認定しなかったことは、いわゆる縮小認定の場合に該当し、訴因変更の手続きを要しないことは明白である。
また、「2」については、被告人が昭和六〇年一月一八日、A1事務所に備え付け使用中の売掛帳等を原判示B方奥六畳間押入れ内に持ち込んで隠匿したという基本的事実の認定に異同はなく、ただ、原判決は時刻まで詳細に認定するとともに、持ち込みがA2を経由している事実を加えるなど経緯についても、より詳細に認定しているに過ぎないのであって、こうした持ち込みの経緯等に関する事実を認定するに当たり訴因変更の手続きを経なかったことが、被告人の実質的防御権を不当に制限するものとはいえない。
所論の事由が直ちに刑事訴訟法三七八条三号に該当するか否かはさておき、いずれにしても原判決に所論のいう判断遺脱や違法はなく、論旨は理由がない。
控訴趣意第二点刑事訴訟法三七八条四号の主張について
論旨は、要するに、原判決が破産財団に属し、隠匿の対象になったと認定している原判示第三の二の別紙一覧表(四)記載の物件(以下、「四の物件」という。)及び同第三の三の別紙一覧表(五)記載の物件(以下、「五の物件」という。)はいずれも、その全て、あるいは一部が原判示第一及び同第二の詐欺により取得したもの、例えば右一覧表(四)3「D」は原判示第二の別紙一覧表(二)9「D」と、また右一覧表(四)17「牛肉バラ肉」は右一覧表(二)24「バラ」と同一物と推測されるのであり、被害者は詐欺による取消権を行使して四及び五の物件を取り戻すことができるところ、破産宣告前にこれを行使していれば民法九六条三項の第三者の善意悪意を問わず、また、破産宣告後の場合は右第三者は破産管財人ではなく、債権者たる被害者がこれに当たると解すべきであるから、これらの物件は破産財団を構成しない可能性が強いものである。
しかも本件破産宣告前の一回目及び二回目の債権者集会において債権者は自己の売却したものがあれば戻されたい旨意思表示をしており、株式会社A3の関係者は破産宣告前に債権回収作業まで行っているので、詐欺による取消の意思表示も当然あったものと認められるのに、原判決は、四及び五の物件が破産財団に属するか否か、すなわち、これらの物件が詐欺によって取得されたか否か、被欺罔者の取消の意思表示の有無などについて何ら審理せず、これについて判断を示していないから、理由を付さないか、あるいは理由不備であり、原判決には刑事訴訟法三七八条四号の事由がある、というのである。
そこで、所論及び弁論にかんがみ記録を調査し、当審における弁論及び事実取調べの結果をも参酌して検討するに、まず、原判示第二別紙一覧表(二)9昭和五九年一一月二八日D二一七・六キログラム及び同表24同年一二月二一日バラ一〇八三・四キログラムは、原判示第三の二別紙一覧表(四)3同年一一月二九日D二一七・六キログラム及び同表17同年一二月二一日牛肉バラ一〇八三・四キログラムと、騙取年月日と寄託年月日、品名、数量とが対応しており、所論指摘のとおり同一物と認められる。
さらに被告人は、当審において、右別紙一覧表(二)12同年一二月三日和牛ウチヒラ三九六・八キログラム、和牛ラム三三八・七キログラムが右別紙一覧表(四)16同年一二月二〇日和牛(ウチヒラ)五〇六・八キログラム、同三四一・八キログラム、和牛(マル)一七八・六キログラム、同八六・七キログラムと同一物であると述べるが、品名は別として、騙取年月日と寄託年月日との間が相当開いており、数量も異なっていて、被告人の述べるところは直ちには採り難い。
しかし、たとえ、その点は被告人の述べるとおりだとしても、詐欺により騙取した財物の所有権は被欺罔者の取消がなければ元に戻らないのであるから、仮にその取消があっても善意の第三者に対抗できないことはいうまでもない。
本件において、被欺罔者であるA3の代表者が取消の意思表示をしたことは認められない。
すなわち、所論指摘の破産宣告前の債権者の集会においてA3の代表者が所論のような意思表示をしたことは認められない上、その際における債権者の発言がA3関係者によるものであるとしても、それが詐欺を取消事由とした上でのものと認めることはできないし、その後もA3において詐欺を取消事由とする売買契約の取消行為があったことを窺わせる形跡はなく、A3関係者の破産宣告前にした債権回収作業が前示取消の意思表示を当然に含むものとはいえない。
まして、A1の破産管財人あるいは債権者の中に善意の者がいれば、それらの者が善意の第三者に当たり取消をもって対抗できないと解される。
そもそも、原審証人E1、同E2の各供述によれば、A3はA1の破産管財人に対し本件詐欺による売掛金債権を含む一億八〇〇〇万円余の債権届け出をしていることが認められる。
さらに当審において取り調べた破産管財人作成の回答書によれば、A3が取り戻し権を行使していないことが認められるから、A3が詐欺による取消の意思表示をしていないことは明白である。
したがって、前示物品が破産財団に属することは明らかであり、所論は前提を欠き、原判決に所論の事由は認められない。論旨は理由がない。
控訴趣意第三点法令適用の誤りの主張について
論旨は、要するに、原判決は原判示第三の五において、昭和五九年一〇月一日以降の売掛帳、買掛帳及び振替伝票を隠匿し、もって商業帳簿を隠匿したとの罪となるべき事実を認定し、「株式会社は法人であって、商法第一編総則の適用を受け、同法三二条一項の商業帳簿作成の義務のほか、同法三六条一項の商業帳簿の保存義務をも負うのであるから、株式会社が破産者であるときにも、同法三二条一項の規定する会計帳簿に当たる帳簿を隠匿すれば破産法三七四条三号による処罰を免れないと解せられる」とした上、A1の帳簿組織のもとでは売掛帳、買掛帳は複式帳簿上の主要簿である日記帳の機能を果たしているから商法三二条一項の会計帳簿に当たるとしているが、破産法三七四条三号にいう「商業帳簿」とは破産者が株式会社のときは商法二八一条一項の計算書類をいうと解され、それは貸借対照表、損益計算書、営業報告書、利益の処分又は損失に関する議案書類であって、売掛帳、買掛帳は破産法三七四条三号の帳簿ではなく、仮に同条同号の「商業帳簿」が商法三二条一項の商業帳簿と同一だとしても、売掛帳、買掛帳は補助簿であり、振替伝票がこれに当たらないことはいうまでもないから、原判決は破産法三七四条三号の定める「商業帳簿」に該当しないのにこれを適用した誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。
<要旨第一>しかし、破産法三七四条三号にいう「法律ノ規定ニ依リ作ルヘキ商業帳簿」とは商法第一編第五章にいう商</要旨第一>業帳簿すなわち同法三二条一項所定の会計帳簿及び貸借対照表をいうと解するのが相当であり、会社が債務者(破産者)である場合にも、これと別異に解する理由はない。
なお会社についても、商法三二条以下が適用されることは、同法三三条及び三四条が会社についても言及明示していることのほか、同法四九八条一項一九号が会社の役員等についても会計帳簿の不実記載等を処罰の対象としていることに照らしても明らかである。
<要旨第二>また、商法が商人に会計帳簿の作成を要するとしているのは、商人の営業上の財産及び損益の状況を明らか</要旨第二>にするためであると解される上、同法三三条一項が会社につき成立の時は別としても、毎決算期における営業上の財産及びその価額のほか、取引その他営業上の財産に影響を及ぼすべき事項を会計帳簿の必要的記載事項としていることにかんがみると、同法三二条以下の会計帳簿は、このような事項を記載しているものである限り、簿記会計上の主要簿である日記帳、仕訳帳及び元帳はもとより、売掛帳、買掛帳などの補助簿を含み、またこれに代わるものとして利用されている伝票のごときものも含まれると解するのが相当である。
所論は補助簿等は含まれないとするが、主要簿の正確性や根拠は補助簿や伝票によるところが少なくない上、主要簿の作成が省略されるなどして補助簿、伝票等による会計処理がなされる場合もあり、そうでなくとも、これら商人の財産や損益の状況を明らかにするうえで必要であり、これらを会計帳簿から除外すべき理由はない。
<要旨第三>そのうえ、本件については、関係証拠によれば、原判決認定のとおり、A1では簿記会計上の主要簿で</要旨第三>ある総勘定元帳、日記帳、仕訳帳などの作成に代え、売掛帳、買掛帳、金銭出納簿、銀行勘定帳、手形受払簿等の補助簿を備え、入金、出金及び振替の各伝票を使用する帳簿組織を採用しており、なかでも売掛帳、買掛帳は、取引先ごとの口座に、日々の取引を品名、数量、単価、金額を明らかにして順次記入していたことが認められる。
このような帳簿組織のもとではこれらの伝票が複式簿記上における仕訳帳の機能を果たし、また売掛帳、買掛帳が同様日記帳の機能を有していたとみることもできる。
いずれにしても、これらがA1の営業上の財産及び損益の状況を明らかにするためのものであることは明らかである。
したがって、これら売掛帳、買掛帳及び振替伝票をもって、破産法三七四条三号にいう商業帳簿に当たるというべきであり、原判決が原判示第三の五の所為につき右規定を適用したのは相当である。論旨は理由がない。
控訴趣意第四点訴訟手続きの法令違反の主張について
論旨は、要するに、原判決は、被告人が昭和五四年九月末頃から根本的に治療法のない難病であるバージャー氏病に罹患し、逮捕の翌日頃から足の冷えを訴え服薬していたことなどを認めながら、被告人の捜査段階における自白の任意性を肯定しているが、被告人の逮捕が厳冬期の二月一四日に行われ、暖房のない拘置所において毛布の一枚や二枚余分に使用を認められたからといって被告人の冷感と疼痛は緩和されず、寒さに対して殆ど何ら配慮されていない拘置所で連日の如く取調べを受けたのであるから、任意性を肯定する特段の事由のない限り自白の任意性は否定さるべきであって、原判決は被告人の病状を軽視し、捜査官に対する自白の任意性を肯定しこれを証拠とした原審の訴訟手続きには判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるというのである。
そこで、所論及び弁論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判決が「事実認定の補足説明及び弁護人らの主張に対する判断」の項において説示するところは相当である。
すなわち、まず、以下の各事実が明らかである。
被告人は、昭和五四年九月末ころ下肢バージャー病が発病し、最初はA4病院で、その後翌年五月A5センターでそれぞれ医師の診察を受け、A5センターにおける初診時の病状は、下肢の痺れ感と軽度の疼痛が認められ、その後病状の変化は余り認められず、投薬が続けられたこと、被告人は、昭和六一年二月一四日破産法違反被疑事件により逮捕、同月一六日同被疑事件により神戸拘置所に勾留されたこと、同月一八日弁護士浦井勲を弁護人に選任し、右選任書が翌一九日神戸地方検察庁で、同年三月七日神戸地方裁判所で各受理されていること、同年三月七日詐欺被疑事件により逮捕、同月八日同被疑事件により神戸拘置所に勾留されたこと、被告人は勾留中、通常よりも毛布一枚余分に支給され、勾留開始後およそ一〇日経った同月二四日ころからは更に掛布団と毛布各一枚の差し入れを受けていること、右各勾留の裁判のあった日と同日にそれぞれ接見禁止の決定がなされていること、勾留中、弁護人との接見か五回あり、いずれもおよそ三〇分間であったこと、同年四月一四日弁護人から保釈の申請がなされたが即日却下され、同月二二日再び弁護人から保釈の申請がなされ、同月二四日保釈許可決定があり、同日釈放されたが、各保釈申請の理由は、いずれも詳細かつ具体的で、その理由中には被告人の両親の疾病が挙げられ、診断書が添付されているものの、被告人の健康状態・疾病については全く触れていないこと、被告人は、原審第一回及び保釈後の第二回公判において、昭和六一年五月七日起訴にかかる公訴事実第一(原判示第二A3関係の詐欺)については事実を否認しているのに、その余の公訴事実は全てこれを認め、弁護人も被告人の陳述と同じであると意見を述べ、第三回公判において公判手続きの更新の際にも特に意見陳述を変更した形跡はなかったが、第一〇回公判に至り、公判手続きの更新がなされた際、被告人はそれまで認めていた公訴事実までも否認し、結局公訴事実は全部否認することとなり、弁護人も被告人の陳述と同様である旨意見を述べていること、なお、原審第二回公判において、昭和六一年二月一五日から同年五月六日の間に作成された合計三六通の検察官に対する供述調書が、検察官から被告人の捜査官に対する自白調書として証拠申請され、同第三回公判において弁護人が自白の任意性を全く争うこともなく、いずれも異議なしの意見を述べ、決定・取調済となったこと(原判決が挙示する被告人の検察官に対する供述調書は、そのうちの二五通)の各事実が明らかである。
そこで、これらの事実を踏まえて検討すると、被告人の勾留中における病状は、被告人の自白の任意性を疑わなければならないほど重篤であったとは認められない。
すなわち、まず、下肢バージャー病は病理的に原因が不詳の難病であり、その症状は手足の痺れ、冷感があり、指趾は蒼白となり、チアノーゼを呈し、歩行時の疼痛、間欠性跛行などが出現するとされているところ、A5センターの医師の病状照会回答書によれば、初診時の病状は軽度であり、本件勾留時もさほど変化がないと思われるとしている。
被告人は、A1倒産後二週間ほど友人方やホテルなどを転々としており、病状が供述の任意性を否定するほど重篤であったらそのように転々と移動して歩くことも無理ではなかったかと思われる。
そして、被告人の勾留期間は極寒といえる二月一四日から始まっているが、二回の保釈請求において、被告人の両親の病気を診断書を添えて理由としていながら、被告人の疾病については全くその理由としていないのであって、もし被告人のいうとおりその病状が厳しく、勾留に耐えられないほど、少なくとも自白の任意性を欠くほどの状態であれば、被告人選任の弁護人があるのであるから、接見の際に当然そのことを弁護人に訴えているはずであり、そうであれば、弁護人もそれを保釈の重要な理由としていたはずである。
さらに、被告人は保釈により釈放された後、直ちに医師の診断を受けるということはせず、診断を受けたのはおよそ三か月近く経た七月であった。
そして、被告人の検察官に対する供述調書をみてみると、昭和六一年四月二八日付け供述調書では、「第一回公判で事実を認めたのは、保釈されたいためではない、A3からの詐欺と架空仕入れ違約金名目による財産隠匿について正直に述べたつもりである、兄Fが何と言おうとこれまで話したことは間違いない。」旨供述しているのであって、右供述時は釈放後であるから、それまでの検察官に対する供述が任意でなく不本意であったならば容易に訂正をすることができたはずである。
被告人はこの点につき、訂正の供述をすると、また逮捕されるのが恐ろしかったからそのような供述をしたと当審公判で弁解するが、それまでの検察官に対する供述が不本意であったならば、釈放されてから弁護人に話すのが普通であり、さらに、それだけの事情があるなら検察庁に出頭する際、弁護人に事前に相談するのではないかと考えられるのに、被告人の原審並びに当審弁解によっても、これらの相談等はしていないというのである。
加えて、同年三月二四日付け供述調書の冒頭には「一、私は、これ迄申し上げた他に一つ隠していたことがあり、それが気になっておりましたので昨日拘置所の担当者に『検察官に申したいことがありますので明日もう一度調べをして欲しい。
』と頼みました。」との記載すら認められる。
以上の諸事情にかんがみると、被告人の検察官に対する供述調書につき任意性に疑いを入れる余地はないといえる。
これに対し、被告人の弁解は前示の状況に反しており直ちには信用できない。
したがって、被告人の検察官に対する各供述調書をいずれも採用取調べをしてこれらを事実認定の資料とした原審の訴訟手続きは相当であって、所論の違法はない。論旨は理由がない。
控訴趣意第五点事実誤認の主張について
論旨は、要するに、
(1)、原判決は、原判示第一及び第二の詐欺について、Fとの共謀を認定しているが、被告人がFと共謀した事実はない。
(2)、原判決は、原判示第一及び第二の詐欺について、被告人に支払い能力と支払いの意思がないと認定しているが、被告人には少なくとも支払いの意思があり、詐欺の故意は存在しない。
(3)、原判決は、原判示第一について、被告人が原判示ホテル一階ロビー内喫茶ラウンジにおいて、A6株式会社代表取締役M及びA6取締役Nに対し「職域販売や年末セールをして売上げを伸ばしたいので、仕入量を増やして欲しい。」旨虚言を申し向けた事実を認定しているが、被告人はそのような虚言を申し向けたことはない。
(4)、原判決は、原判示第二について、原判決は、株式会社A3のE1業務部長を欺罔して詐欺をした旨認定しているが、右A3の側では、A1を乗っ取る目的で、その倒産を望んで同商事との取引を始めたのであって、A1から確実に代金の支払いを受けられるとは信じていなかったのであるから、E1らA3の者には錯誤を認めることができない。
(5)、原判決は、原判示第三の一について、原判示の手形四通をFに交付したのは、被告人が自己の利益を図り、かつ、A1の債権者を害する目的をもっていた旨認定しているが、被告人は当時原判示の手形四通の決済によってA1の裏金を作る目的であったから、A1の債権者を害するものではなく、むしろ利益になるものである。
(6)、原判決は、原判示第三の二及び三について、A7の名義で破産財団に属する牛肉を寄託又は売渡して隠匿した旨認定しているか、これらはいずれも正常の取引である。
(7)、原判決は、原判示第三の四について、被告人が違約金を仮装して、A1からFに額面九〇〇万円の約束手形一通を交付し、これを決済した旨認定しているが、これは真実違約金として支払われたのである。
(8)、原判決は、原判示第三の五について、被告人が原判示売掛帳等を隠匿した事実を認定しているが、仮にそれが罪になり、売掛帳等がA1事務所から持ち去られたのが事実であっても、被告人はこれに全く関与していない。
以上のとおり、原判決には原判示各事実についてすべて判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。
そこで、所論及び弁論にかんがみ記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判決が「事実認定の補足説明及び弁護人らの主張に対する判断」において説示するところは十分首肯できるのであり、原判示各事実は原判決挙示の各証拠等を総合して優にこれを認めることができる。
すなわち、まず、関係証拠によって以下の事実が明らかである(なお、Fの検察官に対する各供述調書、証人としての原審並びに当審における各供述は、単なる自己の行為に対する強弁的弁解に過ぎず、いずれも不自然で信用できない。)。
被告人は、父が代表取締役社長をする精肉卸販売業A1株式会社の専務取締役であって、昭和五七年一〇月ころから事実上その経営を任されていた。
被告人の兄Fは、父の仕事を手伝っていたが、父と意見が合わす父のもとを出て、昭和四一年ころから精肉卸販売業A8を営み、後に有限会社A8、さらに株式会社A8と組織を改め、その代表取締役となっていた。
A1は、その経営が順調であったが、A8と取引をしていたところ、昭和五七年六月ころ同社が倒産し、約五〇〇〇万円の損害を被り、銀行から二五〇〇万円を借り受けて窮地を切り抜けた。
しかし、その頃から融通手形を振り出すなどし、さらに、昭和五八年三月には取引先のA9株式会社の倒産により、約七二〇〇万円の損害を被った。
被告人は、A1の業務として、昭和五九年五月ころから、兄Fの指示に基づき、A6から牛肉等を仕入れて兄Fが会長をする株式会社A10にダンピングによる売却を始め、同年九月ころからは、これを兄Fの知人が代表取締役であるA11株式会社を通して行うようになった。
さらに、同年一一月中旬ころからA3からも牛肉等を仕入れその一部を前同様の方法でA10にダンピングし、一部はA12株式会社に搬入し「A7」の名称で寄託するなどしていた。
そして、A1は、昭和六〇年一月一四日第一回目、続いて同月一八日第二回目の各約束手形の不渡りを出し、同月二三日破産の申立てをし、同月二七日神戸地方裁判所において破産宣告を受けた。
ところで、本件において、被告人の詐欺、詐欺破産の犯意あるいはその余の事実の認定に当たっては、昭和五九年九、一〇月ころのA1の経営状態が問題となるところ、所論は、当時は年間総売上げ一八億五六〇〇万円以上、A1は資金繰りさえつけば、十分に利益をあげられると主張するが、被告人は、原審第一五回、第一七回公判では、当時(それがどの時点をいうのか必ずしも明確ではないが、昭和五九年九、一〇月ころ前後を指称しているものと考えられる。)、A1の売上げは、手形小切手による売上げを含めて月当たりおよそ一億円あり、粗利率は約二五パーセントあったから、月当たり約二五〇〇万円の粗利を上げていたと供述する。
しかし、被告人は、当審では、第四回公判で、最終的には年商約二〇億から一八億ぐらい、第五回公判では最終的には月商二億ぐらい、第六回公判では、昭和五九年一〇月ころの売上げが三億ぐらい、本件分を除いて「実質の本来の業務としては二億くらい」であったと述べ、さらに、第七回公判に至って、昭和五九年一〇月の売上げについて「合計九二〇〇万くらいの記憶です。」と述べ、原審と当審の公判供述に一貫性がない。
次に、売掛帳三冊(当庁昭和六三年押第二七四号の1ないし3)の昭和五九年一〇月一か月の売上額は約三三〇五万円余であって、被告人の原審第一六回公判における供述によれば、帳簿の書換えをしたが、数字そのものは全部合っており、数量とかは一切触っていないというのである。
また、右売掛帳三冊は、いずれもバインダー綴りとなっていて、三宮、大阪及び姫路・三田の各方面ごとに分類されているところ、被告人は原審第一七回公判において、「配達のコースが、大阪、姫路、三田、西宮と四コースに分かれていましたんで、ですから売掛帳は四冊ありますんでそれは間違いないと思います。」と供述しているのに、第二〇回公判では、書き換えた売掛帳三冊を示されて「これと同じ様なバインダーに綴っていたのは間違いないのですが、三方面にわけてたのではなく、他にも、西宮方面などがあり、六冊にわけていたと思います。」「…姫路、三田、それから灘、三宮、大阪それに京都方面がありました…」と述べ、当審においてもほぼ同旨の供述をしている。
しかし、C、G、H、I、Jはいずれも検察官に対し記帳は四コースに分かれていた旨一致した供述をしており、売掛帳の書換えは、CがA11関係を、G、H、I、Jの四名がそれぞれ各方面を分担したことは明らかである。
たとえ、前示売掛帳三冊のほかに西宮方面を記載した部分があったとしても、バインダー方式では冊数の不一致があるとしても必ずしも問題とはならない。
ところで、被告人のいう西宮方面等のあったことを窺う事実として、被告人は当審第七回公判において、破産申立書中の弁護士浦井勲作成の昭和六〇年二月八日付け報告書中の売掛金明細書得意先名番号一〇三から一三〇までが西宮・宝塚方面で、前示売掛帳三冊に記載されていない分であると述べ、確かにそれらは右三冊には記載されていないから、その点は被告人の述べるとおりだとしても、その売掛金額の合計額は一〇三五万円弱にすぎない。
さらに、Cの昭和六一年三月一三日付け及びKの同月一三日付け検察官に対する各供述調書によれば、同人らは昭和五九年九月決算期の決算で赤字だと思っていたのに、黒字で驚いたというのであって、これらの点からすると、被告人のいうような額の売上げがあったとは思われず、まして、当時被告人のいうような利益をあげることのできる状態にあったとは到底認め難い。
この点についての被告人の原審及び当審におげる弁解は信用できない。
被告人の検察官に対する供述調書中には、昭和五九年九、一〇月当時のA1の一か月の売上げ、収支等についての明確な記載が見当たらないが、「A1は、昭和五七年七月ころから資金繰が苦しくなって来だしました、その為町金融に手形を割引いて貰ったり、又A13、A14、A15などと融手のやり取りもするようになりました、しかし、五九年八月ころには町金融や融手のやり取りだけではやって行けなくなり……」(昭和六一年二月二二日付け)、「五八年三月にも取引先のA9株式会社が倒産して……そのころから段々経営も苦しくなり五七年一〇月ころには株式会社A14、A16、A17株式会社などと融通手形のやり取りをするようになり、更に五八年に入ってA15株式会社、有限会社A18などとも融手のやり取りをするようになってきたのです、又、五八年初めころから融手のやり取りだけでは資金繰が続かずA19、信起などという町金融で手形を割り引いて貰うようになってきました、ところが、五九年五月ころには、融手のやり取りや町金融の利用だけでは追いつかず、なんとかして現金を入手してそれを手形に充てなければ資金がまわらなくなってしまったのです。」(同年三月二日付け)、「五九年の五月ころにはA1の資金繰も苦しくなり融手のやり取りや町金融に手形を割って貰うだけでは回らなくなりました、その為仕入れた商品を現金売りしてその現金で手形を落とす必要に迫られて来たのです」(同月一二日付け)、そして、A1がA10にダンピングするようになったころには「A1はいつ倒産してもおかしくない状態でした」(同月二二日付け)、A9の倒産後「このようなことからA1は資金的にどうにもならない状態になり、私はいつ手形の不渡りを出してしまうかそればかり考えねばならなくなったのです」(同年四月二一日付け)等の供述記載があり、このような被告人の供述はいずれも前示Cらの供述等他の証拠とも符合し、自然であり、信用できる。
これに対し、さらに、被告人は、原審及び当審において、株式会社A20(経営者L)から一億二〇〇〇万円の融資の見込みがあったので再建は可能で、それを信じて、一時的にダンピングしていたに過ぎないと弁解する。
しかし、当審証人Lの供述に照らしても、A20にはA1の再建に必要な被告人希望の一億円を超える額の融資がてきる資力があったとは認められない。
また、同L証言や被告人の当審供述によっても、昭和五九年五月以降において、LのA1に対する融資について具体的な話があったとは認められず、むしろ被告人は、A20のいわゆる金主であった「A21」が倒産したことや、またそのこともあってA20のA1に対する融資が減少し一時は皆無となったこと等の事情を知っていたというのであるから、たとえLから単に援助すると抽象的に言われていたとしても、本件ダンピング等に及んでいたのが、A20からの融資を見込んでいたからであるとの弁解は信用し難い。
以上の事実を総合すると、A1は、A8やA9の倒産のあおりを受けて、連鎖倒産を免れたものの、資金難に陥り、昭和五九年初めころからはいわゆる町の金融業者から高利の金を借り始めて経営は相当逼迫し、同年九、一〇月ころには、経営は赤字続きで、いわゆる町の金融業者からの借受けや融通手形の発行によっては資金繰りが困難になっており、いつ手形の不渡りを出すか分からない状態に追い込まれ、A20からの融資も目処がつかない状況にあって、かかるいわゆる自転車操業の経営状況が前示手形不渡りを出すまで継続していたと認められる。
そこで、これらの事実を前提として、以下、所論を順次検討する。
(1)、所論は原判示第一、第二事実について、Fとの共謀を争うが、被告人は、検察官に対して兄Fからの話があったことを具体的に一貫して供述しており(昭和六一年二月二二日付け、同年三月二日付け、同月四日付け、同月一二日付け、同月二二日付け、同年四月一四日付け、同月二一日付け)、当時のA1の経営状態、被告人とFとの関係等に照らすと被告人のこれらの供述は十分信用できる。
共謀を否認する被告人の原審第一五回公判供述は、被告人においてFに対する被告事件の公判に証人として出頭し、要するに、「兄Fから昭和五九年九月ころ、A1が倒産するかもしれないから……商品を引いてきて現金化しなければならないと言われた。」旨異なる供述をしていることに対比しても信用できない。
また、同様共謀を否定するのみならず、昭和五九年九月ごろ被告人とFの自宅で会ったこともないと言う原審証人Fの供述についてはもとより、これに沿う原審証人Bの供述(以下、「B証言」という。)も信用できない。
(2)、原判示第一、第二の各事実について、被告人に代金支払いの意思があったと争うが、前示事実関係のもとで、到底支払い見込みがなかった上、Fと、A1倒産の際の財産隠匿を共謀していることは明らかであって、被告人にA6及びA3に対し代金支払いの意思があったとは到底認められない。
(3)、原判示第一事実について、A6のMとNに対し、原判示日時場所において原判示のとおり虚言を申し向けたことは、原審証人Mの供述及び被告人の検察官に対する昭和六一年三月一二日付け供述調書によって認められる。
所論は、被告人の方から仕入量を増やして欲しいと言うのは不自然であるというが、その申し入れの時期や、被告人がMに言われて父親を同道していることに照らしても不自然ではなく、むしろ、被告人のこの点についての原審第一五回公判における弁解の方が会合の趣旨の点も暖昧で不自然の感を免れない。
(4)、原判示第二事実について、A3の代表者E2及び同社営業部長E1の原審証言を検討しても、所論主張のような同社において特にA1の倒産を利用して、同社の経営権を手に入れるため、代金の支払いを受けられないことを承知で商品の納入をしたことを窺わせることはできず、他にも所論を容認する証拠はない。
(5)、原判示第三の一の事実につき、A1振出の約束手形四通をFに交付しこれを決済したのは、被告人が兄Fに言われて隠し金を作るためであるというのであるが、原判決の認定に沿う被告人の検察官に対する昭和六一年四月二三日付け供述調書の供述記載はごく自然であって、信用できる。
所論は、裏金をつくるのが企業の利益であるから債権者を害さないというが、牽強付会の誹りを免れず、被告人が前示のとおり兄Fと共謀の上、A1倒産の際の財産隠匿を図っている本件においては、採用の限りではない。
(6)、原判示第三の二及び三の事実につき、原判決の判示説明するところは、要するに、A1において、A7の品物でないのに同商会の名前で寄託をし、あるいは、A7と架空の売買をして財産の隠匿をしたもので、A7は架空であり、これらの取引も架空であるというところ、所論は、A7は実在しており、A7のした寄託及びA1とA7との間の売買は正当であったと主張する。
しかし、まず、関係証拠を検討すると、A7について、実体のないトンネル会社であるとした原判決の認定判断は相当である。
すなわち、原判示寄託あるいは売買に名を借りた行為はいずれも前記のとおり隠し金をつくるためであること(特に、被告人の検察官に対する昭和六一年三月九日付け、同月一〇日付け各供述調書)、原判決が指摘するとおり、A7については、被告人が右Oに対し「伝票を通すだけの会社をつくるので住所、電話番号を貸してくれないか」と頼んだこと、同人は被告人から「実は商品を隠して売って小遣い稼ぎをしているんや、それがばれないようにするので、伝票を作るんだが自分の字ではまずいので書いてくれ。」と頼まれてA7からA22宛の納品書控えを書いていること(Oの検察官に対する供述調書)、被告人が倒産直前に、人目についてはまずいというのでA7名の印鑑等をOに預かって貰っていることなどの事実が認められ、こうした事実関係を併せ考えると、A7は実体のないトンネル会社であって、A1において原判示のとおりA7名で寄託、あるいは売買の形態を採って債権者の目を逃れ財産を隠匿し、隠し金を作っていたことは明らかであり、被告人がそのうちから生活費等に支出したことが認められるから、これらの寄託あるいは売買が到底正当なものであったとは認められない。
所論は、採用の限りではない。
(7)、原判示第三の四の事実について、被告人の自供によれば、本件違約金九〇〇万円の支払いもまた隠し金をつくるためであったというのであって(被告人の検察官に対する昭和六一年二月二五日付け、同年四月一四日付け各供述調書)、右自供は、P、Qの検察官に対する各供述調書とも符合し信用できる。
これに対し被告人は原審第一六回公判において、違約は事実であり、違約金を実際支払った旨弁解するが、被告人がFの被告事件の法廷において証人として供述した内容と食い違っている上、所論も認めるとおり違約金が売買契約代金の三〇パーセントという高率であるのは不自然であり、当時のA1の経営状況等と対比してみると真実違約金として支払われたとは認め難い。
所論に沿うB証言は、被告人の自白する、B方において兄Fと違約金名目による隠し金作りを話し合ったというころには、被告人がB方に来たことはないというが、その理由は奇異であり、同人とFとがいわゆる愛人関係にある上、他の証拠とも符合せず、信用できない。
所論は採用できない。
(8)、原判示第三の五について、まず、原判示売掛帳等が破産法三七四条三号所定の商業帳簿に当たることは前判示のとおりである。
そこで、事実関係についてみると、被告人の自供を除いては他に直接証拠はなく、被告人が帳簿類を隠匿したことの物的又は目撃証拠等は見当たらない。
しかし、Cの検察官に対する供述調書によれば、被告人、C、会計事務所職員Rが売掛帳等を含めた帳簿類に基づき債権者に報告するための債権債務表作成作業を、当初はA1事務所において行い、午後八時ころA2に場所を替え、売掛帳等の帳簿類も同所に運び込んでいたところ、作業終了後の売掛帳等の行方について、検察官の「……書き直す前の正規の買掛帳、売掛帳はどのようにすると専務は言ったのか。」との質問に対し、Cは、「書き直す前の正規の買掛帳、売掛帳等は持って帰るからと言って私には渡しませんでした。」と答えており、その後、Cは事務所で売掛帳等は見掛けないというのであって、被告人が、手形の不渡りを出し倒産が必至となった状態で、帳簿類の書換えを指示している経緯を併せ考えても、被告人が売掛帳等を隠匿したという蓋然性は大であるというべきである。
その上、被告人が売掛帳等の隠匿を自白した際、兄Fの名前を出し、売掛帳等を同人に渡し、同人から帳簿類をA23養鶏場で焼燬したことを聞いた旨述べたので、捜査官において被告人の自白に基づき捜査した結果、兄Fが格別の用件もなかったのに同所に行ったことが判明しており、被告人の自供は前示Cらの供述による売掛帳等の行き来、前示経緯等にも符合し自然である。
このように、被告人の自白は信用することができるのであって、これら関係証拠を総合すれば、原判示第三の五の事実を優に認めることができる。
前示B証言は信用できない。所論は採用できない。
以上のとおり、原判決には所論指摘のような事実誤認があるとは認められない。
論旨は理由がない。
控訴趣意第六点量刑不当の主張について
所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原判決が「量刑の理由」欄で説示するところは十分首肯できる。
すなわち、本件は、A1の専務取締役である被告人が、A1がいつ倒産するかも知れない状態に陥っていたところ、実兄Fと共謀の上、いわゆるダンピングをするため商品を取り込む意図で、「1」、前後二三回にわたり代金合計一億二九八六万円余相当の牛肉のハンギングテンダー等の商品を騙取し(原判示第一)、「2」、前後三三回にわたり代金合計一億四八九七万円余相当牛肉のハンギングテンダー等の商品を騙取し(原判示第二)、(2)、A1が破産宣告を受けこれが確定したものであるが、自己の利益を図り、かつ、A1の債権者を害する目的で、「1」、Fに対し、A1振出の約束手形四通(額面合計一一一〇万〇九七八円)を仕入れ代金名下に交付し、これを決済し(原判示第三の一)、「2」、前後一八回にわたりA1の在庫品である時価合計約二九六一万円相当の牛肉のハンギングテンダー等合計約二万キログラム余を架空名義で冷蔵会社に搬入して寄託し(第三の二)、「3」、前後二一回にわたりA1の在庫品である牛肉のロース等合計約二六七四キログラムを架空名義で代金合計一一六四万円余で売却し(原判示第三の三)、「4」、A1の契約不履行による違約金支払いを仮装して、Fに対しA1振出の約束手形一通(額面九〇〇万円)を交付してこれを決済し(原判示第三の四)、もって「1」ないし「4」の所為によりそれぞれ破産財団に属する財産を隠匿し、「5」、A1で使用中の売掛帳四冊、買掛帳一冊及び振替伝票のうち昭和五九年一〇月一日以降の分をFの愛人宅押入れに運び込んだ上隠匿し、もってA1の商業帳簿を隠匿した、という、詐欺、破産法違反の事案である。
まず本件のうち、原判決が指摘する取り込み詐欺に加えて、破産法違反のうち財産隠匿行為は、回数も多く、極めて計画的で、その手段方法は巧妙である。
本件において、さらに考えなければならないのは、その被害額が高額である点であって、詐欺の被害額は合計約二億七〇〇〇万円、破産財団に属する財産の隠匿額も合計約六一〇〇万円となり、これらを単純に合計してみると、約三億三〇〇〇万円を超える。
本件により、被告人自身も多額の利益を得ている反面、被害者らに与えた経済的打撃は相当甚大であり、原判決時点においてはその被害弁償は殆どなされておらず、加えて、帳簿の隠匿をする等の証拠湮滅の手段に出ており、以上の点を総合すると、被告人の刑事責任は相当大きいといわなければならない。
被告人が反省していること、被告人には昭和四一年一二月に業務上過失傷害等の罪により罰金三万五〇〇〇円に、昭和四八年四月に競馬法違反罪により懲役一〇月及び罰金二〇万円・三年間懲役刑執行猶予にそれぞれ処せられた前科があるが、服役歴はないこと、被告人がバージャー氏病に罹患していること、被告人の家庭事情等被告人に有利な情状を十分斟酌しても、原判決宣告時を基準とする限り、被告人を懲役四年に処した原判決の量刑は相当である。
しかし、当審における事実取調べの結果によれば、被告人は、原判決後の平成二年一一月一三日原判示第一の被害者であるA6との間で二一〇〇万円を同年一二月二〇日までに支払うことで和解し、同社代表取締役Nの嘆願書を提出し、この和解に基づき同年一二月一八日同社に対し二一〇〇万円全額を支払ったことが認められる。
もっとも、右嘆願書の記載をみると、「当社が受けた損害に比べると右金額は少なく、決して満足のいく額ではありませんが、右両名がそれなりの誠意をみせてくれましたので、この点をご考慮のうえ適切な判決をお願い申し上げます。」とあり、被害者A6側の被害感情が完全に宥和されたものでないことは明らかである。
また、A3の関係では破産財団債権者に対する低率の配当しか期待できないといわざるをえない。
以上の事情を考慮すると、所論指摘の被告人に有利な事情と併せ斟酌しても、被告人に対し刑の執行を猶予するまでの情状があるとは認められないものの、現時点においては、刑期の点において原判決の量刑をそのまま維持するのは明らかに正義に反するというべきである。
よって、刑事訴訟法三九七条二項により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに次のとおり判決する。
原判決の認定した事実に原判決の挙示する法条を適用した刑期の範囲内で、前示情状を考慮し、被告人を懲役三年六月に処し、原審並びに当審における訴訟費用につき刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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